外積代数(グラスマン代数)は、与えられた体 K 上のベクトル空間 V 上の外積によって生成される多元環である。多重線型代数やその関連分野と同様に、微分形式の成す多元環を通じて現代幾何学、特に微分幾何学と代数幾何学において広く用いられる。
形式的には、外積代数は ⋀(V) あるいは ⋀*(V) で表され、V を線型部分空間として含む、外積あるいは楔積と呼ばれる ∧ で表される乗法を持つ、体 K 上の単位的結合代数である。外積は結合的で双線型な乗法
であり、V 上の交代性
(1) 任意の に対して
を持つものである。これは以下の性質
(2) 任意の に対して
(3) が一次従属ならば
を特別の場合として含む。
圏論の言葉で言えば、外積代数は普遍構成によって与えられる、ベクトル空間の圏上の函手の典型である。この普遍構成によって、体上のベクトル空間だけに限らず、可換環上の加群やもっとほかの興味ある構造にたいしても外積代数を定義することができる。外積代数は双代数のひとつの例である。つまり、外積代数の(ベクトル空間としての)双対空間にも乗法が定義され、その双対的な乗法が楔積と両立する。この双対代数は特に V 上の重線型形式全体の成す多元環で、外積代数とその双対代数との双対性は内積によって与えられる。
動機付けとなる例
平面における面積
平面 R2 はベクトル空間であり、
という 2 つの単位ベクトルの組はその基底となっている。ここで、
という 2 つの成分表示された R2 のベクトルが与えられたとすると、v, w を 2 つの辺とする平行四辺形が一意に存在する。この平行四辺形の面積は、行列式を用いて
と表される。いま、v, w の外積を
のように定める。まず最初の部分では楔積に分配法則を適用し、ついで楔積が交代的であるという性質を用いた。最終的に得られた表式の係数はまさに行列 (vw) の行列式である。この係数が正負の値を取りうることは、直感的には、v, w に、それらの定義する平行四辺形の辺として時計回りあるいは反時計回りの向きがつけられることを意味する。このような面積のことを平行四辺形の「符号つき面積」という。符号つき面積の絶対値は通常の意味での面積であり、符号はその向きを与えている。
この係数が符号つき面積となったことは偶然ではない。符号つき面積を代数的構造として公理化しようとすれば、必然的に外積と結びつくことが比較的簡単に確かめられる。詳しく言えば、v と w によって決まる平行四辺形の符号つき面積を A(v, w) と表すことにすれば、A は下に挙げる性質を満たさなくてはならない。
任意の実数 a と b について、A(av, bw) = abA(v, w) が成り立つ。なぜならば、どちらかの辺の長さを変えれば、それに応じて面積も変わる。また、どちらかの辺の向きを変えれば、平行四辺形の向きは変わる。
3-次元における通常のクロス積やスカラー三重積は幾何学的・代数的の両面で解釈することができる。クロス積 u × v は u と v の両方に直交し、大きさがそれらの張る平行四辺形の面積の大きさに等しいようなベクトルとして解釈することができ、これはまた u と v を列ベクトルとする行列の小行列式を成分に持つベクトルとして解釈することもできる。
u, v, w のスカラー三重積は幾何学的には(符号付)体積を表し、代数的には u, v, w を列ベクトルとする行列の行列式となっている。3-次元における外積についても同様の解釈が許される。事実として、正の向きを持つ正規直交基底の存在性に関して、外積はこれらの概念をより高い次元へと一般化する。
形式的定義と代数的な性質
ベクトル空間 V 上の外積代数 ⋀(V) はテンソル代数 T(V) を x ⊗ x (x ∈ V) の形の元で生成される両側イデアル I で割った商多元環として定義される。これを記号的に
V を体 K 上のベクトル空間とする。形式張らずに言えば、⋀(V) における乗法は文字を分配法則、結合法則と恒等式 v ∧ v = 0 (v ∈ V) に従って操作することによって行われる。厳密には ⋀(V) は乗法がそれらの法則を満足する多元環の中で、「もっとも一般」なものである。それは V を含み交代的な乗法を持つ任意の単位的結合 K-代数は ⋀(V) の準同型像として得られるという意味である。言い換えれば、外積代数は以下の普遍性を持つ。
外積代数の普遍性
与えられた任意の単位的結合 K-代数 A と任意の K-線型写像 j: V → A で j(v)j(v) = 0 (v ∈ V) を満たすものに対して、 単位的代数の準同型f: ⋀(V) → A で f(v) = j(v) (v ∈ V) を満たすものが「唯一つ」存在する。
V を含み、V の上で交代的な乗法を持つもっとも一般の多元環を構成するには、V を含む最も一般な多元環であるテンソル代数 T(V) から始めるのが自然であり、テンソル代数の適当な商をとることによって交代性を導入してやればよい。そこで v ⊗ v (v ∈ V) の形の元全体が生成する T(V) の両側イデアル I をとり、⋀(V) を
で定義して、⋀(V) における乗法を表す記号として ∧ (wedge) を用いる。この ⋀(V) が V を含み、上記の普遍性を満たすことはすぐに判る。
この構成の結果として、ベクトル空間 V に外積代数 ⋀(V) に対応させる操作が、ベクトル空間の圏から多元環の圏への函手となる。
2 つのベクトル空間 V, X に対し、Vk から X への交代作用素 (alternating operator) あるいは反対称作用素 (anti-symmetric operator) とは多重線型写像
f: Vk → X
であって、v1, …, vk が線型従属なベクトルならば
f (v1, …, vk) = 0
を常に満たすもののことである。最も有名な例は行列式でこれは (Kn)n から K への交代作用素である。また、V の k 個のベクトルにその楔積となる k-重ベクトルを対応させる写像
w: Vk → ⋀k (V)
も交代的である。事実として、この写像は Vk 上定義される交代作用素の中で「もっとも一般」なものである。つまり、交代作用素 f: Vk → X が与えられたとき、線型写像 φ: ⋀k(V) → X で f = φ ∘ w を満たすものが唯一つ存在する。この普遍性により ⋀k(V) を特徴づけられる。この普遍性を ⋀k(V) の定義とすることもある。
重線型交代形式
上記の特別の場合として X = K を基礎体とするとき、交代重線型写像
f: Vk → K
は重線型交代形式と呼ばれる。重線型交代形式の全体の成す集合は、それらの和もスカラー倍も再び交代性を持つから、ベクトル空間を成す。
外冪の普遍性により、V 上の次数 k の交代形式の空間は双対空間 (⋀kV)∗ と自然同型である。V が有限次元なら後者は ⋀k(V∗) に自然同型である。特に Vk から K への反対称写像全体の成す空間の次元は n から k を選ぶ二項係数に等しい。
この同一視の元、楔積は具体的な形で 2 つの反対称写像から別の反対称写像を導く。ω: Vk → K と η: Vm → K を 2 つの反対称写像とする。重線型写像のテンソル積の場合と同様に楔積における変数の個数はそれぞれの写像の変数の個数の和になる。楔積は次のように
とすると、変換 ⋀k(f) の V と W の基底に関する成分は f の k × k 小行列式の作る行列である。特に、V = W で V が有限 n-次元のとき、⋀n(f) は 1 次元ベクトル空間 ⋀n(V ) をそれ自身に移すから、これはスカラーで与えられ、それはちょうど f の行列式の値である。
完全性
ベクトル空間の短完全列
に対し、
は次数付き線型空間の完全列である。もちろん
も完全である。
直和
ベクトル空間の直和上の外積代数はそれぞれの空間上の外積代数のテンソル積に同型
である。これは次数付き同型、つまり
になっている。もう少し一般に
がベクトル空間の短完全列ならば ⋀k(V) はフィルター付け
で、その商が
なるものを持つ。特に、U が 1 次元ならば
は完全であり、W が 1 次元ならば
が完全である。
交代テンソル代数
K を標数 0 の体とするとき、ベクトル空間 V の外積代数はテンソル空間 T(V) の交代テンソル全体の成す部分空間と自然に同一視される。外積代数が T(V) の x ⊗ x で生成されるイデアルによる商多元環として定義されたことを思い出そう。
Tr(V) を次数 r の斉次テンソル全体の成すベクトル空間とすれば、Tr(V) は分解可能テンソル
によって誘導される。しかしこれはテンソル積とは異なる乗法であって、Alt の核がちょうど両側イデアル I に一致して(K は標数 0 だと仮定している)、自然な同型
が存在する。
指数表記
V が有限 n-次元であるとし、その基底 e1, …, en が与えられているとする。交代テンソル t ∈ Ar(V) ⊂ Tr(V) は添字表記を用いて
と書ける。ここで ti1…ir はその添字に関して完全反対称である。
階数がそれぞれ r および p である交代テンソル t および s の楔積は
で与えられる。このテンソルの成分はちょうどテンソル積 s ⊗ t の成分の交代部分になっており、添字に角括弧をつけて
と表す。
内部積も添字記法で書くことができる。
を階数 r の反対称テンソルとすると、α ∈ V∗ に対して iαt は階数 r − 1 の交代テンソルで
によって与えられる。n は V の次元である。
応用
線型代数
分解可能 k-ベクトルは幾何学的に解釈することができる。2-ベクトル u ∧ v は u, v で張られる、u と v を辺に持つ向き付けられた平行四辺形の面積で与えられる数の「重み」を持つ平面を表す。同様にして 3-ベクトル u ∧ v ∧ w は、u, v, w を辺とする平行六面体の体積で重み付けられた 3 次元空間を表す。
射影幾何
⋀k(V) の分解可能 k-ベクトルは V の重み付き k-次元部分空間に対応する。特に V の k-次元部分空間のグラスマン多様体 Grk(V) は自然に射影空間 P(⋀k(V)) のある代数多様体と同一視される。これをプリュッカー埋め込みという。
Bishop, R.; Goldberg, S.I. (1980), Tensor analysis on manifolds, Dover, ISBN 0-486-64039-6
Includes a treatment of alternating tensors and alternating forms, as well as a detailed discussion of Hodge duality from the perspective adopted in this article.
Bourbaki, Nicolas (1989), Elements of mathematics, Algebra I, Springer-Verlag, ISBN 3-540-64243-9
This is the main mathematical reference for the article. It introduces the exterior algebra of a module over a commutative ring (although this article specializes primarily to the case when the ring is a field), including a discussion of the universal property, functoriality, duality, and the bialgebra structure. See chapters III.7 and III.11.
This book contains applications of exterior algebras to problems in partial differential equations. Rank and related concepts are developed in the early chapters.
MacLane, S.; Birkhoff, G. (1999), Algebra, AMS Chelsea, ISBN 0-8218-1646-2
Chapter XVI sections 6-10 give a more elementary account of the exterior algebra, including duality, determinants and minors, and alternating forms.
Sternberg, Shlomo (1964), Lectures on Differential Geometry, Prentice Hall
Contains a classical treatment of the exterior algebra as alternating tensors, and applications to differential geometry.
歴史的内容に関して
Bourbaki, Nicolas (1989). “Historical note on chapters II and III”. Elements of mathematics, Algebra I. Springer-Verlag
Clifford, W. (1878), “Applications of Grassmann's Extensive Algebra”, American Journal of Mathematics1 (4): 350–358
Forder, H. G. (1941), The Calculus of Extension, Cambridge University Press
Grassmann, Hermann (1844), Die Lineale Ausdehnungslehre - Ein neuer Zweig der Mathematik (The Linear Extension Theory - A new Branch of Mathematics)
Kannenberg, Llyod (2000), Extension Theory (translation of Grassmann's Ausdehnungslehre), American Mathematical Society, ISBN 0821820311
Peano, Giuseppe (1888), Calcolo Geometrico secondo l'Ausdehnungslehre di H. Grassmann preceduto dalle Operazioni della Logica Deduttiva [Geometric Calculus according to Grassmann's Ausdehnungslehre, preceded by the Operations of Deductive Logic]
Whitehead, Alfred North (1898), A Treatise on Universal Algebra, with Applications, Cambridge
その他の文献および関連図書
Browne, J.M. (2007), Grassmann algebra - Exploring applications of Extended Vector Algebra with Mathematica, Published on line
An introduction to the exterior algebra, and geometric algebra, with a focus on applications. Also includes a history section and bibliography.
Spivak, Michael (1965), Calculus on manifolds, Addison-Wesley, ISBN 0-8053-9021-9
Includes applications of the exterior algebra to differential forms, specifically focused on integration and Stokes's theorem. The notation ΛkV in this text is used to mean the space of alternating k-forms on V; i.e., for Spivak ΛkV is what this article would call ΛkV*. Spivak discusses this in Addendum 4.
Strang, G. (1993), Introduction to linear algebra, Wellesley-Cambridge Press, ISBN 978-0961408855
Includes an elementary treatment of the axiomatization of determinants as signed areas, volumes, and higher-dimensional volumes.
Onishchik, A.L. (2001), “Exterior algebra”, in Hazewinkel, Michiel, Encyclopedia of Mathematics, Springer, ISBN 978-1-55608-010-4, https://www.encyclopediaofmath.org/index.php?title=Exterior_algebra
Wendell H. Fleming (1965) Functions of Several Variables, Addison-Wesley.
Chapter 6: Exterior algebra and differential calculus, pages 205-38. This textbook in multivariate calculus introduces the exterior algebra of differential forms adroitly into the calculus sequence for colleges.