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弁論術 (アリストテレス)


弁論術 (アリストテレス)


弁論術』(べんろんじゅつ、古代ギリシャ語: Τέχνη Ῥητορική, Technē Rhētorikē、羅: Ars Rhetorica、英: Art of Rhetoric)は、アリストテレスによって書かれた弁論術(レートリケー、レトリック)についての著作。

古代ギリシャの弁論術を理論的・体系的にまとめ上げた古典の傑作であり、キケロやクインティリアヌスなど、古代ローマにおける弁論術(修辞学)の代表人物らによっても言及されている。

アリストテレスの著作では、『詩学』と共に、制作学(創作学)に分類される著作であり、ベッカー版では、『詩学』(や『アレクサンドロスに贈る弁論術』)と共に最後尾にまとめられている。

ルネサンス期の人文主義者や、19世紀の文献学者によって翻訳・編纂が行われてきたが、20世紀に入り、哲学者や政治学者によって注目されるようになった。

予備知識

レトリック(レートリケー)の意味

レトリック(レートリケー)は、現代日本においては「修辞学」と訳され、単に言葉を飾り立てるだけの技術ばかりが注目されがちだが、アテナイをはじめとする古代ギリシャにおける元々の意味は、議会、法廷、公衆の面前などにおいて、聴衆を魅了・説得する、あるいは押し切るための、実践的な「雄弁術」「弁論術」「説得術」であり、アリストテレスがこの書で論じているのも、まさにその意味でのレトリック(レートリケー)である。

なお、このレートリケー(弁論術)は、元々はシケリアの法廷弁論として発達したものであり、その創始者・大成者は、コラクス及びその弟子のテイシアスとされる。

弁証術(ディアレクティケー)と弁論術(レートリケー)

アリストテレスの師であるプラトンが、弁論術(レートリケー)に対して批判的な見解を持っていたことはよく知られており、それは彼の著作である『ゴルギアス』や『パイドロス』等で、明確に述べられている。

『ゴルギアス』において、プラトンは、弁論術(レートリケー)は本来「人々の魂(知見)を善くする(ことで国家・社会全体を善くする)」ことを目的としているべき「政治術」の一部門である「司法・裁判の術」に寄生しているものであり、対象に対する知識・技術を持ち合わせないまま、人々の短絡的な「快」につけ込んで無知な人々を釣り、真実や魂を善くすることから彼らを遠ざけ、その目を覆い隠してしまうだけのものであり、ただの「熟練の業」に過ぎず、醜く劣悪なもので、技術(テクネー)と呼べるようなものではなく、「化粧法」「料理法」「ソフィストの術(詭弁術/論争術)」と並んで「迎合 (追従/へつらい)」(コラケイア)と呼ぶべきものだとして批判している。

また、『パイドロス』においても、プラトンは、弁論術(レートリケー)が、対象についての真実を知らないまま、相手の魂を事物の真相から逸らして誘導していくことを目的とし、相手がどう考えるかばかりを追求していくだけの、「言論(ロゴス)の技術(テクネー)」と呼ぶに値しないものであると批判する。一方、それとは対照的に、定義・綜合・分析(分割)を備え、雑多な情報から対象のただ1つの本質的な相を導き出していける弁証術(弁証法、問答法、ディアレクティケー)こそが、真に「言論(ロゴス)の技術(テクネー)」と呼ぶに値するものであると述べている。彼が対話篇で描く「弁論家・ソフィストたちを論破するソクラテス」というモチーフは、全てその「小手先の弁論術(レートリケー)に対する弁証術(ディアレクティケー)の優位」を表現するためのものである。

さらに、プラトンは、その弁証術(ディアレクティケー)を通じた真実の把握は、「並々ならぬ労苦」を伴うものであり、それがたかだか人間を説得するという「矮小な目的」の下になされるべきではなく、「神々の御心にかなうように」、すなわち「純粋に真実を恋い慕い、より善い魂を成就する」という「大きな目的」の下になされるべきであると説き、弁論術(レートリケー)という営みそのものを拒絶・破棄している。これが彼の考えた「哲学者」(愛知者、ピロソポス)像である。

(ただし、「次善の国制」を模索する現実主義的な性格が強まる後期の作品である『政治家』においては、プラトンは「真の政治家(王者)の統治」に協力して、「正義を実行」するように「国民を説得・指導」する限りにおいて、という条件付きで、「弁論術」を、「戦争術」「裁判術」と並ぶ国家運営上の重要技術として認定し、言及している。)

それに対して、アリストテレスは、プラトンのように「弁論術(レートリケー)そのものを拒絶・破棄する」ところまではいかず、弁論術(レートリケー)を弁証術(ディアレクティケー)と相通ずる技術(テクネー)として認めている。ただし、基本的な構えとしては、上記のプラトンの考えを継承しており、従来の印象操作的・扇情的な部分ばかりが強調されてきた指南書を批判しつつ、それらとは一線を画し、説得推論(省略三段論法、エンテュメーマ)を技術の中心に据え、バランスがとれた形で弁論術(レートリケー)に関わる全体像を描き出し、秩序立てようと努めている。

このようにアリストテレスが弁論術に関して、師プラトンとは異なる姿勢を採ることになった大きな原因・背景として、プラトンとライバル関係にあったイソクラテスの影響が、古代から指摘されている。

構成

全3巻から成る。

  • 第1巻 - 全15章
    • 第1章 - 序論 (技術としての弁論術)
    • 第2章 - 弁論術の定義
    • 第3章 - 弁論術の種類
    • 第4章 - 議会弁論
    • 第5章 - 幸福
    • 第6章 - 善いもの
    • 第7章 - より大いなる善・利益
    • 第8章 - 国制
    • 第9章 - 演説的弁論
    • 第10章 - 法廷弁論
    • 第11章 - 快楽
    • 第12章 - 不正を成す者と被る者
    • 第13章 - 不正行為の分類
    • 第14章 - より大きな不正行為
    • 第15章 - 弁論術に本来属さない説得
  • 第2巻 - 全26章
    • 第1章 - 聞き手の心への働きかけ
    • 第2章 - 怒り
    • 第3章 - 温和
    • 第4章 - 友愛と憎しみ
    • 第5章 - 恐れと大胆さ
    • 第6章 - 恥と無恥
    • 第7章 - 親切と不親切
    • 第8章 - 哀れみ
    • 第9章 - 義憤
    • 第10章 - 妬み
    • 第11章 - 競争心
      ---
    • 第12章 - 年齢による性格1 - 青年
    • 第13章 - 年齢による性格2 - 老年
    • 第14章 - 年齢による性格3 - 壮年
    • 第15章 - 運による性格1 - 家柄の良さ
    • 第16章 - 運による性格2 - 富
    • 第17章 - 運による性格3 - 権力と幸運
      ---
    • 第18章 - 共通の論点1
    • 第19章 - 共通の論点2 - 各論
    • 第20章 - 共通の説得手段1 - 例証
    • 第21章 - 共通の説得手段2 - 格言
    • 第22章 - 共通の説得手段3 - 説得推論
    • 第23章 - 説得推論の論点
    • 第24章 - 見せかけの説得推論
    • 第25章 - 説得推論の反駁
    • 第26章 - 説得推論の注意事項
  • 第3巻 - 全19章
    • 第1章 - 第3巻の主題
    • 第2章 - 表現の優秀性
    • 第3章 - 生彩の無い表現
    • 第4章 - 譬え
    • 第5章 - 表現の良さ
    • 第6章 - 表現の重厚さ
    • 第7章 - 表現の適切さ
    • 第8章 - リズム
    • 第9章 - 文体表現の構成
    • 第10章 - 洗練された表現
    • 第11章 - 生き生きとした表現と、味のある表現
    • 第12章 - 表現方法の種類
      ---
    • 第13章 - 言論の部分
    • 第14章 - 序論
    • 第15章 - 抽象
    • 第16章 - 陳述
    • 第17章 - 説得(証拠立て)
    • 第18章 - 質問・答え、冗談
    • 第19章 - 結びについて

要点

巻別

本書は三巻から成り、各巻の内容は以下の通りとなっている。

  • 第1巻 - 弁論術についての概論、三種の弁論それぞれについての論点の整理。
  • 第2巻 - pathos(感情)、ethos(人柄)、logos(言論)/説得推論それぞれの観点からの考察。
  • 第3巻 - リズム、文体など表現方法。

三種の弁論

アリストテレスは、弁論を以下の3種類に分類し、それぞれの相違点や共通点を述べている。

  • 議会弁論 - 何事かを奨励・慰留させる弁論。
  • 演説的弁論 - 人を賞賛・非難する弁論。
  • 法廷弁論 - 告訴・弁明する弁論。

三種の説得手段

本書では、説得のあり方について、以下の3つの側面から考察されている。

  • logos(ロゴス、言論) - 理屈による説得。
  • pathos(パトス、感情)- 聞き手の感情への訴えかけによる説得。
  • ethos(エートス、人柄)- 話し手の人柄による説得。

上記した通り、アリストテレスはこの3つの内、logos(言論)を技術の中心に据え、秩序立てようと努めているが、残りのpathos(感情)とethos(人柄)という2要素も、他者を説得する上では決して無視できない要素であるとして、同程度の文量を割いて考察している。

(なお、この分類は、プラトンの魂の三分説における「理知(logos)」「欲望(epithymia)」「気概(thymos)」に概ね対応している。また、近代社会学の父であるマックス・ヴェーバーによって提示された社会支配の三形態、「合法的支配」「伝統的支配」「カリスマ的支配」とも重なる。

弁証術と弁論術の違い

弁証術(ディアレクティケー)と弁論術(レートリケー)の関係性/差異は、

  • 「弁証術(ディアレクティケー)による「証明」は、「帰納」か「推論 (演繹/三段論法)」によって行われる」

のに対して、それらに類比的(アナロジカル)に対応する形で、

  • 「弁論術(レートリケー)による「見せかけの証明」は、「例証」か「説得推論 (省略三段論法)」によって行われる」

と表現できる。すなわち、「帰納」に対して「例証」が、「推論 (演繹/三段論法)」に対して「説得推論 (省略三段論法)」が、それぞれ対応関係を形作ることになる。

内容

第1巻

第2巻

第3巻

日本語訳

  • 『世界古典文学全集16 アリストテレス 弁論術』 池田美恵訳、筑摩書房 1966年
  • 『アリストテレス全集16 弁論術 アレクサンドロスに贈る弁論術』 山本光雄訳、岩波書店 1968年。後者は斎藤忍随・岩田靖夫訳
  • 『アリストテレス 弁論術』 戸塚七郎訳、岩波文庫 1992年
  • 『新版 アリストテレス全集18 弁論術 アレクサンドロス宛の弁論術 詩学』 堀尾耕一、野津悌、朴一功訳、岩波書店 2017年

注釈

脚注

関連項目

  • レトリック
  • 弁論術・修辞学
  • 論争術・ディベート
  • プレゼンテーション
  • 扇情主義
  • 問答法
  • ソクラテス式問答法
  • プロタゴラス
  • ゴルギアス
  • キケロ
  • クインティリアヌス

外部リンク

  • Aristotle's Rhetoric (英語) - スタンフォード哲学百科事典「弁論術 (アリストテレス)」の項目。
  • 弁論術 - Yahoo!百科事典

Text submitted to CC-BY-SA license. Source: 弁論術 (アリストテレス) by Wikipedia (Historical)


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