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大石村 (滋賀県)


大石村 (滋賀県)


大石村(おおいしむら)は、滋賀県栗太郡にあった村。現在の大津市大石各町にあたる。

地理

村域の大部分は標高200–400 mの山地や丘陵で占められる。河川はいずれも深い谷を形成しており、平野は瀬田川、信楽川、大石川の合流部にわずかに見られるのみである。

  • 山岳:花立ノ峰、猪背山、八筈ヶ岳、笹間ヶ岳
  • 河川:瀬田川、信楽川、大石川

歴史

大津市への編入

昭和初期に大津市の都市計画が膳所町、石山町、瀬田町、滋賀村、坂本村、下阪本村を含む区域で策定され、その実現のために大津市、滋賀村、膳所町、石山町の合併が行われた。大津市の都市構想は1950年(昭和25年)12月に拡大され、大石村は下田上村、上田上村、雄琴村とともにこの都市構想の中に組み入れられた。他村では合併に反対する動きがあったが、大石村は大津市との繋がりが強かったことから合併に積極的で、1951年2月27日に村会で大津市との合併を決議した。最終的に大津市、坂本村、下阪本村、雄琴村、大石村、下田上村での合併に落ち着き、3月26日付で滋賀県から合併が許可された後、大石村では3月29日に解村式が行われた。3月31日に合併調印式が行われ、1951年4月1日付で大石村は大津市に編入された。

年表

  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、曽束村・小田原村・竜門村・淀村・大石中村・東村・富川村の区域をもって発足。
  • 1951年(昭和26年)4月1日 - 大津市に編入。同日大石村廃止。

産業

茶業が盛んであった。大石村域での茶業は江戸時代から行われていたが、明治初期に茶が海外輸出品となってから生産が拡大された。1902年(明治35年)時点では397戸のうち200戸超が茶業に関わっていたという。

大字

大字曾束、大字小田原、大字龍門、大字淀、大字大石中、大字東、大字富川の6つの大字を置いた。大津市への編入後の1951年7月15日に町の設置が行われ、6大字はそれぞれ大石曾束町、大石小田原町、大石龍門町、大石淀町、大石中町、大石東町、大石富川町となった。

脚注

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参考文献

  • 滋賀県栗太郡役所 編『近江栗太郡志』 2巻、滋賀県栗太郡役所、1926年6月30日。doi:10.11501/1020248。 
  • 角川日本地名大辞典 25 滋賀県
  • 林屋辰三郎、飛鳥井雅道、森谷尅久 編『新修大津市史』 6巻《現代》、大津市役所、1983年8月7日。doi:10.11501/9539161。 
  • 林屋辰三郎、飛鳥井雅道、森谷尅久 編『新修大津市史』 9巻《南部地域》、大津市役所、1986年11月29日。doi:10.11501/9540265。 

関連項目

  • 滋賀県の廃止市町村一覧

Text submitted to CC-BY-SA license. Source: 大石村 (滋賀県) by Wikipedia (Historical)


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