山田 三郎(やまだ さぶろう、1922年 - 2012年7月8日)は、日本の陸上競技選手、専門はマラソン。戦後間もない時期に、農業に従事しながらコーチもなくひとりで練習して各地のマラソン大会で活躍した。山田は、競技を離れた後にも長く地元で農業を営み、岐阜市正木西部土地区画整理組合理事長なども務めた。
おもなマラソンの成績
- 1948年秋:第3回国民体育大会(福岡県)
- 2位 - 2:46:10
- 優勝は、2:36:33 を出した古賀新三。この入賞により、山田は朝日マラソンへ招待された。
- 1948年12月5日:第2回 朝日マラソン(香川県:後の福岡国際マラソンの前身)
- 優勝 - 2:37:25
- 山田は残り10kmを切ってからスパートをかけ、同年のロンドンオリンピック(日本は不参加)のマラソン6位に相当する好タイムで優勝した。
- 1949年5月8日:第4回 全日本毎日マラソン選手権(大阪:後のびわ湖毎日マラソンの前身)
- 優勝 - 2:40:32
- 山田は35km手前からスパートをかけ、それまで3大会を連覇していた古賀新三らを振り切った。
脚注
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