Aller au contenu principal

ヘンリー・ブランコ


ヘンリー・ブランコ


ヘンリー・ラモン・ブランコHenry Ramón Blanco, 1971年8月29日 - )は、ベネズエラのカラカス出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。2018年シーズンからMLBのワシントン・ナショナルズのブルペンコーチを務める。オフには、母国ベネズエラのウィンターリーグのブラボス・デ・マルガリータで監督を務めている。

経歴

プロ入りとドジャース時代

1989年にロサンゼルス・ドジャースに入団した。

1997年7月25日のフィラデルフィア・フィリーズ戦でメジャーデビューを果たす。

1998年はメジャーでの出場機会がなく、10月15日にFAとなった。

ロッキーズ時代

1998年12月18日にコロラド・ロッキーズと契約。

ブルワーズ時代

1999年12月13日、ロッキーズ、オークランド・アスレチックス、ミルウォーキー・ブルワーズ間の三角トレードでブルワーズへ移籍。

ブレーブス時代

2002年3月20日にポール・バコおよびホセ・カブレラとのトレードで、アトランタ・ブレーブスへ移籍した。

2003年10月31日にFAとなった。

ツインズ時代

2003年12月18日にミネソタ・ツインズと契約した。

2004年、正捕手だったA.J.ピアジンスキーが前年のシーズン終了後にサンフランシスコ・ジャイアンツへ移籍していたツインズは、新人のジョー・マウアーを開幕戦で先発出場させた。しかしそのマウアーが2戦目で故障し約50試合を欠場したため、ブランコが代役として先発出場するようになった。マウアーは6月2日にいったん復帰したが7月15日を最後に再び離脱し、そのときもブランコが代役を務めた。この年は最終的に自身最多の114試合に出場し、盗塁阻止率.492と高い数字を残してマウアーの穴を埋めた。オフの10月28日にFAとなった。

カブス時代

2004年12月8日にシカゴ・カブスと契約した。

2006年はシーズン開幕前の3月に開催された第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)のベネズエラ代表に選出された。同大会では1試合に出場。同大会について「とても楽しい時間を過ごせた。(中略)国を代表することは何にも代えられない特別な気持ちになる。また代表になれたら最高だ」と言及している。オフの10月31日にFAとなったが、11月15日にカブスと再契約した。

2008年は、若手有望株ジオバニー・ソトの教育係としての役割も期待されていた。オフの10月31日に球団が300万ドルのオプションを破棄したため、FAとなった。11月30日に母国ベネズエラで兄カルロスが誘拐され、身代金を要求される事件が発生。翌12月1日には、射殺遺体が発見された。

パドレス時代

2009年1月21日にサンディエゴ・パドレスと1年75万ドルで契約。開幕前の3月に開催された第2回WBCのベネズエラ代表に選出され、2大会連続2度目の選出を果たした。オフの11月5日にFAとなった。

メッツ時代

2009年12月4日にニューヨーク・メッツと1年150万ドルで契約。

2010年11月1日にFAとなった。

ダイヤモンドバックス時代

2010年12月17日にアリゾナ・ダイヤモンドバックスと1年100万ドルで契約。

2011年11月2日に球団が115万ドルのオプションを破棄し、FAとなったが、翌日の3日にダイヤモンドバックスと1年120万ドル(2013年のオプション付き)で再契約した。

2012年10月31日に球団が124万ドルのオプションを破棄したため、FAとなった。

ブルージェイズ時代

2013年1月11日、トロント・ブルージェイズと1年75万ドルで契約。6月7日にDFAとなり、6月11日にFAとなった。

マリナーズ時代

2013年6月14日にシアトル・マリナーズと契約した。10月8日にDFAとなり、10日にマイナー契約を拒否したためFAとなった。

引退後

2013年12月13日にダイヤモンドバックスとマイナー契約で合意したが、2014年3月31日に現役引退を発表し、ダイヤモンドバックスのコーチに就任した。また、この年のオフから母国ベネズエラのリーガ・ベネソラーナ・デ・ベイスボル・プロフェシオナルのブラボス・デ・マルガリータで監督を務める事となった。

2015年シーズンからは、カブスでクオリティ・コントロールコーチに就任し、2017年まで務めた。

2017年開幕前の3月に開催された第4回WBCのベネズエラ代表コーチを務める。

2018年シーズンからはワシントン・ナショナルズのブルペンコーチを務める。

選手としての特徴

ポジションは捕手で、他に一塁手・三塁手・左翼手としてのプレー経験がある。典型的な守備型の捕手で、特に強肩で知られており、3割台で御の字と言われる盗塁阻止率もかなりの高水準にある。また、リードやキャッチングが巧く、捕逸も少ない。ブレーブス、カブス時代はグレッグ・マダックスの専属捕手を務めたこともあり、リードには定評がある。

詳細情報

年度別打撃成績

年度別守備成績

捕手守備
内野守備
左翼守備
  • 各年度の太字はリーグ最高

背番号

  • 54(1997年)
  • 35(1999年、2018年 - )
  • 12(2000年 - 2001年、2011年 - 2012年)
  • 20(2002年 - 2003年)
  • 21(2004年、2009年)
  • 9(2005年 - 同年途中)
  • 24(2005年途中 - 2008年、2014年)
  • 4(2010年)
  • 22(2013年 - 同年途中)
  • 33(2013年途中 - 同年終了)
  • 64(2015年 - 2017年)

代表歴

  • 2006 ワールド・ベースボール・クラシック・ベネズエラ代表
  • 2009 ワールド・ベースボール・クラシック・ベネズエラ代表

代表でのコーチ歴

  • 2017 ワールド・ベースボール・クラシック・ベネズエラ代表

脚注

関連項目

  • メジャーリーグベースボールの選手一覧 B
  • ベネズエラ出身のメジャーリーグベースボール選手一覧

外部リンク

  • 選手の通算成績と情報 MLB、ESPN、Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube、Baseball-Reference (Register)
  • Henry Blanco stats MiLB.com (英語)

Text submitted to CC-BY-SA license. Source: ヘンリー・ブランコ by Wikipedia (Historical)