![諏方大明神画詞 諏方大明神画詞](/modules/owlapps_apps/img/errorimg.png)
『諏方大明神画詞』(すわだいみょうじんえことば)は、長野県の諏訪地域に鎮座する信濃国一宮、諏訪大社の最古の縁起絵巻。『諏訪大明神画詞』『諏訪大明神絵詞』『諏訪絵詞』『諏訪大明神御縁起次第』『諏方縁起絵巻』『諏訪縁起画詞』等とも称される。
1356年(正平11年 / 延文1年)成立。全12巻。著者は諏訪円忠(小坂円忠)。
本来は『諏方大明神縁起絵巻』・『諏方縁起』等と称する絵巻物であった。しかし、早い段階で絵は失われ、詞書(ことばがき)の部分の写本のみを現在に伝え、文中には「絵在之」と記すに留めている。
著者の諏訪円忠は、神氏(諏訪大社上社の大祝、諏訪氏)の庶流・小坂家の出身で、室町幕府の奉行人であった。成立に関しては洞院公賢の『園太暦』にも記されており、失われていた『諏方社祭絵』の再興を意図したものであったという。
最初に国譲り神話により健御名方神が諏訪に鎮座した由来を記し、ついで神功皇后の三韓征伐や坂上田村麻呂の蝦夷征討などに神威を表わし、軍神として知られるようになった縁起を記している。この画詞の原本は現存しないが、当代一流の絵師2名、書家8名の手になり、各巻の外題は後光厳天皇(北朝、持明院統)による宸筆で、巻末には将軍足利尊氏の奥書が添えられていたと伝わる。現在は権祝本・神長本・武居祝家本等があり、権祝本が善本とされている。
北方史においては、初めて北海道アイヌについてまとまった記述のなされている史料であり、14世紀の和人の目からみたアイヌの習俗やそれを取り巻く北方世界の様子を紹介し、説明した文献資料である。『諏方大明神画詞』によれば、「我国」(日本)の東北には「蝦夷ガ千島」があり、日ノモト、唐子、渡党の「三類」がそれぞれ333の島に住んでいる。そのうち、渡党が居住する地域には「宇曾利鶴子(ウソリワケ)別」(=函館)、「万当満伊犬(マトウマイヌ)」(=松前)がある。また、「渡党」の多くが「奥州津軽外ノ浜ニ往来交易」していることも伝えている。
原文
その他
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